ごめん、みんな、ぼけちん…
って、揶揄してしまった、このドラマ。
最終話はどうなるんだ?
と思っていましたが…
ドラマスタート時に予告をしていたとも言えます。
ごめん、みんな、ぼけちん、でした。
でも、最終話は、主人公をはじめ、ぼけちんからの脱却をしたと見せかけた終わり方でした。
話としては、大きく動いたわけではありません。
原作を踏襲した終わり方ですが、少しだけ、アレンジはしたようです。
日本と韓国の国民性というか、メディア事情、ドラマ事情もあるのだと思います。
大筋では違わないのだと思いますが、日本のドラマは希望を見出せるような終わり方。
どうも、本編の韓国のドラマは、印象を強く残すような終わり方になっていたようです。
感情に正直とも言える、激しいも厳しいと、そして、切ない終わり方と聞いています。
私と自身はリアルに観ていませんが…
これぞ、韓流という感じではあったようですね。
それに対して、日本番は、残された者が新たな方向を眺めながら、という話でまとめています。
まあ、みんな、ぼけちんと、私は揶揄をしてしまいましたが、最後をドラマチィックに観せるための演出だったのかもしれませんね。
このドラマ、実は、役者さんの表情と演技力に支えられた作品です。
演技力がないと言う方も多かったようですが、そんなことはないと思います。
どの役者さんも、原作に忠実に、脚本に忠実に演技をして表現をしていたと、間違いなく感じられます。
役者さんの力量が、わかってしまう作品とも思いました。
大御所の、大竹しのぶさんは、間違いなく大女優です。
嫌な感情を身につけてしまった、狂気とも言える愛を持つ母親の姿を、本当にうまく表現していました。
もらい子を溺愛することから、死産の子どもに対する罪滅ぼしをしている母親の姿を表現し切っていました。
だからこその狂気であったことを、最終話に観るものは知るわけです。
最終話の静かな演技は、大竹さんならではの演技で圧巻でしたね。
まさに演技派大女優、大竹さんではなければ、このドラマは成立しなかったかもしれません。
また、長瀬さんの、言葉を語らず、表情だけで感情を見せた表現力は、まさしくベテラン俳優だと思います。
ぼけちんに見せていただけとも思えます。
吉岡さんの、とぼけた中に愛情を潜ませる表情も、ぼけちんと思わせながらも、そうではない情愛の深さと、可愛さを感じさせてくれたのも、女性としては魅力的なキャラクターとも言えますね。
その他にも、芸達者、演技達者な役者さんに支えられてした作品であることは間違いありません。
坂口さんのぼけちんぶり。
中村さんの、善人ぶったぼけちんぶり。
池脇さんの、惚けていながらも純粋なぼけちんぶり。
大西さんの、拗ねた感じのぼけちんぶり。
全員、間違いなく、芸達者のぼけちんぶり。
間違いなく、みんなぼけちんでした。
が…
最終話で、見事にぼけちんから全員で脱却をしています。
そこには愛があるのか?
愛の一つの形を、余すことなく見せてくれました。
ごめん、みんなぼけちん…
から…
ごめん、愛している
へ、話がまとまりましたね。